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東京高等裁判所 平成元年(ネ)4211号 判決

控訴人 ミツワ商事株式会社

右代表者代表取締役 高松利昭

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 花村聡

同 石井夢一

被控訴人 倉本暁

右訴訟代理人弁護士 加藤徹

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、原判決書の事実摘示(ただし、原判決書二枚目裏一行目の「選任されたもの」の次に「であり、かつ、昭和六三年一〇月三〇日に開催された集会において、本件訴えの原告になることについて決議を得ていたもの」を、同五枚目表二行目の「あること」の次に「及び被控訴人が昭和六三年一〇月三〇日に開催された集会において、本件訴えの原告になることについて決議を得ていたこと」をそれぞれ加える。)及び記録中の当審の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件訴えは、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)二六条四項の規定に基づき被控訴人が弘明寺パークハイツの区分所有者のために原告となって提起するというものである。したがって、被控訴人が原告適格を有するというためには、当該事項が共用部分の管理に関する事項に当ることを要するほか、区分所有者の規約又は集会の決議により、管理者に選任されており、かつ、本件訴えの原告となる権限が与えられていることが必要である。以下にこの要件が満たされているかどうかを検討する。

1  先ず、弘明寺パークハイツについては、管理者の選任や管理者が訴えの原告になることに関する規約の定めのないことは、弁論の全趣旨から明らかである。そこで、集会の決議の有無についてみることとする。

《証拠省略》によれば、昭和五九年一月二二日に開催された区分所有者の集会である弘明寺パークハイツ管理組合の総会において、被控訴人を含む八名を理事に選任する旨及び理事長の選任は理事会に一任する旨の決議がなされ、同日の理事会において、被控訴人が理事長に選任されたことが認められ、《証拠省略》によれば、昭和六三年一〇月三〇日に開催された同管理組合の臨時総会において、控訴人らに対して本件訴えを提起する旨の決議がなされたことが認められる。

管理組合の理事長を選任することは、規約に別の定めがあるとか、集会において管理者を別途定めるべき事情が窺えるなどの特段の事情がない限り、法二五条にいう管理者を選任する趣旨と解して妨げないというべきであるから、特段の事情の認められない本件においては、被控訴人は、右決議により管理者に選任されたものと認めることができる。また、《証拠省略》によれば、後者の決議が、区分所有者が訴えの原告になるのか、被控訴人が原告になるのかが明確でないところはあるものの、議案の説明として本件訴えに至るまでの経過が記載されているところからすれば、被控訴人を原告として区分所有者のために訴えを提起することを承認する決議とみることができる。以上の認定によれば、被控訴人が本件訴えを提起するための形式的な資格要件は備わっていると認めてよい。

2  次に、被控訴人の本件訴えの提起が、実質的に共用部分の管理行為に当たるかどうかにつき検討を進める。

管理者は、共用部分並びに法二一条に規定する場合における当該建物の敷地及び付属施設を保存し、集会の決議を実行し、並びに規約で定めた行為をすることを職務とし(法二六条一項)、その職務に関し、区分所有者のために原告又は被告となることができる(同条四項)。しかし、管理者のこの権限は、当然のことながら共用部分の管理のための行為であることを前提とするものであるから、訴えの内容がもともと共用部分の管理行為の範囲に含まれない場合には、たとえ集会において、管理者を原告として訴えを提起することを決議しても、そのゆえに管理者の職務に関するものとなる根拠はなく、その訴えについては原告適格を有しないといわなければならない。なぜなら、法二六条四項は、区分所有建物の「共有部分の管理」について区分所有者の便宜のために、通常なら許されない第三者(管理者)による訴訟担当を法が特別に許容したものであって、便宜による拡張に親まないものだからである。

これを本件についてみると、次の点でいずれも被控訴人が原告適格を有するための要件に欠ける。

(1)  本件訴えは、控訴人らの不法行為によって共用部分である本件建物が第三者の所有に帰し、区分所有者らが共有権を失ったことを理由に損害賠償を求めるものであり、本件建物の所有権の回復を必然のものとはしないし、またし得ない事案であることは、本件の請求原因及び本件に至る経過から明らかである。そうすると、たとえ、本件建物が共用部分であったにしても、これが失われたことにより金銭債権である損害賠償請求権に転化すれば、その損害賠償請求権は、本件建物が再び区分所有者のもとに回復されることが予想される等の特段の事情が認められない本件においては、当然に各区分所有者の共有持分に応じて各区分所有者に分割帰属することとなり、区分所有者の共同の財産としての性質は失われたものというほかないから、これに伴い、管理者は、その管理権限を失うものと解すべきである。別のいい方をすれば、共用部分の管理行為といいうるためには、共用部分の存続ないしは回復を前提とするものであり、その滅失を原因とし、かつ回復を前提としない行為は、もはや共用部分の管理行為とはいえないということである。本件訴えの提起は、管理者としての職務に関しないものといわざるを得ない。

(2)  のみならず、《証拠省略》によれば、弘明寺パークハイツの建築主である尾崎ハウジングは、当初から分譲後の弘明寺パークハイツの管理業務は、自らが区分所有者から委託を受け、管理人を雇って行うことを計画していたので、ロの建物に管理設備を設け、右建物に隣接する本件建物を所有して管理人の住居用とすることとしていたこと、このため、ロの建物に管理業務に必要な設備を全部設置し、本件建物はロの建物から独立して他の区分所有者の専有部分と同様の構造にし、ただ、管理人の便宜のために、本件建物とロの建物の間に出入口を設けて、本件建物からロの建物に直接出入りすることができるようにしてこれを建築したこと、そして、分譲の当初から区分所有者との間で個別に管理業務の委託契約をして、本件建物に管理人を居住させてその業務をさせていたこと、昭和五三年ころから控訴人会社が尾崎ハウジングに代わって区分所有者と個別に管理業務の委託契約をしてその業務を行っていたが、その間も昭和五八年八月ころ、本件建物とロの建物との間の出入口が板壁で閉鎖された外は、本件建物の構造や利用の態様は従前とほとんど変わらなかったことが認められる。これらの事実によれば、本件建物はその構造も利用の態様も他の区分所有者の専有部分と異ならないものであって、法定の共用部分には当らないというべきである。また、本件建物を共用部分とする旨の規約はない(後記「弘明寺パークハイツ館内規約書」は、区分所有者と尾崎ハウジング及び控訴人会社が個別の管理委託契約をする都度その契約書に付された書面であって、区分所有者間の規約設定に関する書面の合意の趣旨で作成されたものではないし、区分所有者全員について作成されたかどうかも明らかでないから(昭和五八年法律第五一号による改正前の法二四条は、規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者全員の書面による合意によってする旨を定めている。)、これをもって本件建物を共用部分とする規約であると認めることはできない。)から、本件建物は規約共用部分にも当らない。

被控訴人は、本件建物が弘明寺パークハイツの設計図に管理人室と記載され、分譲の際の販売価格表には管理室と記載されていたこと、本件建物の入口の脇に管理人室と記載された表札が出ていたこと、区分所有者と尾崎ハウジング及び被控訴人会社との間で管理委託契約をした際に授受された「弘明寺パークハイツ館内規約書」と題する書面中に管理人室が共用部分に含まれる趣旨の記載があること、本件建物がロの建物とともに管理業務の用に供されていたことなどを捉えて本件建物は法定共用部分又は規約共用部分であると主張し、《証拠省略》によれば、その主張のとおりの事実(ただし、「弘明寺パークハイツ館内規約書」に記載された管理人室がどの範囲をいうのかは明らかでない。)を認めることができる。しかしながら、管理人室ないし管理室という表示は専有部分であることと別に矛盾するものではない(共用部分であるかどうかは、管理に必要な設備が設けられているかどうかなどの状況や、規約の定めによって判断されるのであり、表示は、一つの徴表としての意味はあっても、それ以上のものではない。現に、管理人室というのは、管理の実務を担当する者が居住する専有部分を表示するものとして用いられる例も珍しくはないし、その必要性もある。なお、管理人室といわれるものの構造と登記実務の取扱いの実際についての法務省民事局長通達昭和五〇年一月一三日民三第一四七号参照)。これらの事実は、本件建物が法定共用部分にも規約共用部分にもあたらない旨の前記の判断を左右するものではない。

右のとおり本件建物が共用部分に属すると認められない以上、被控訴人にはこれを管理する職務権限はなく、したがって、本件建物が不法に処分されたことによる損害賠償請求をする職務権限もないから、本件訴えの提起は、管理者としての職務に関しないものというべきである。

二  以上に判断したところによれば、被控訴人は、本件訴えについて原告適格を有しないと認められるから、被控訴人を原告とする本件訴えは、いずれも不適法として却下すべきである。

よって、これと趣旨を異にする原判決を取り消して、本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 小林亘 亀川清長)

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